引き戻し/押し出しってなんやねん

前提とか

M,NC^{\infty}多様体\phi : M \rightarrow Nとする。この写像\phiMから派生した空間の元とNから派生した空間の元との対応を誘導することがあって、M側からNへの誘導を押し出し、その逆を引き戻しとよぶ。Aの押し出しは\phi_{*}ABの引き戻しは\phi^{*}Bのようにかく。

\phiはとりあえずC^{\infty}級を仮定しておく。微分同相まであると定義した押し出し/引き戻しの逆写像がとれることがあって、それも引き戻し/押し出しと呼んでいいっぽい。あと、出てくる関数とかベクトル場とかは基本的にC^{\infty}級を仮定する。

関数の引き戻し

押し出し/引き戻しのもっとも簡単な例は多様体上の関数の引き戻しである。つまり、N上の関数 (N上のC^{\infty}級関数全体の空間C^{\infty}(N)の元ともいえる)

g : N \rightarrow \mathbb{R} 

を引き戻してC^{\infty}(M)の元

\phi^{*}g : M \rightarrow \mathbb{R}

を定義する。やり方は明らかで、p \in Mに対して

(\phi^{*}g)(p) = g \circ \phi (p)

とすればよい。

定義: スカラーの引き戻し

g : N \rightarrow \mathbb{R}について、

$$\displaystyle\phi^{*}g \equiv g \circ \phi$$

ベクトルの押し出し

つぎに接ベクトルの押し出し、つまり\phiの誘導する自然な写像 T_{p}M \rightarrow T_{\phi(p)}N を考える。このためにまず接ベクトルの定義を思い出すと、次が成り立つ:

v \in T_{p}Mについて曲線c_{v}: (-\varepsilon,\varepsilon) \rightarrow Mが存在して、任意のf : M \rightarrow \mathbb{R}に対し\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}(f \circ c_v (t))|_{t=0} = v(f)

この曲線は\phiでうつしてN上の曲線\phi \circ c_v : (-\varepsilon,\varepsilon) \rightarrow Nにできるから、これを使ってNでの接ベクトル\phi_* v \in T_{\phi(p)}Nが定義できる:

 (\phi_* v)(g) = \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}(g \circ \phi \circ c_v (t))|_{t=0}

右辺はg \circ \phiM上の関数とみることでv(g \circ \phi) = v(\phi^* g)とできる。

定義: 接ベクトルの押し出し

 v \in T_p M、各g : N \rightarrow \mathbb{R}に対し

$$\displaystyle (\phi_* v)(g) \equiv v(\phi^* g)$$

この\phi_*:T_{p}M \rightarrow T_{\phi(p)}Nは線形写像で、とくに「写像\phi微分」といい、(\mathrm{d}\phi)_{p}と書くことがある。

 

これを使ってベクトル場X \in \mathfrak{X}(M)の押し出し\phi_*Xも定義したいところだが、

(\phi_*X)_{\phi(p)} = \phi_*(X_{p})

のように定義しようとすると、\phi単射じゃないと一つのq \in Nに対して二つのベクトルが割り当てられるかもしれないので定義できず、全射じゃないと\phi(M)以外の点に何のベクトルを割り当てていいかわからないので、押し出しは全単射(微分同相?)でないと定義できない。そこで「\phi-関係」という概念を定義する。

定義: ベクトル場の\phi-関係

X \in \mathfrak{X}(M)Y \in \mathfrak{X}(N)\phi-関係を持つとは、次を満たすことである:

任意のp \in Mについて、

$$\displaystyle Y_{\phi(p)} = \phi_*(X_{p})$$

このとき、

 Y_{\phi(p)}(g) = (\phi_*(X_{p}))(g) = X_p(\phi^*g)

ここで、ベクトル場はM上の関数に作用してM上の関数を作ること

定義: ベクトル場の作用

X \in \mathfrak{X}(M)f : M \rightarrow \mathbb{R} に対し、Xfへの作用X(f) : M \rightarrow \mathbb{R}を次で定める:

$$ \displaystyle (X(f))(p) \equiv X_p(f)$$

を思い出すと、

 Y_{\phi(p)}(g) = (Y(g))\circ\phi(p) = (\phi^*(Y(g)))(p) とかけるから、

\phi-関係を持つベクトル場の性質

X \in \mathfrak{X}(M)Y \in \mathfrak{X}(N)\phi-関係を持つとき、

$$ \displaystyle \phi^*(Y(g)) = X(\phi^*g) $$

たぶんこれは\phi-関係の定義そのものと言っていい。

一形式の引き戻し

接ベクトルの押し出しが定義できれば、\phiの像の範囲内では一形式(余接ベクトル)の引き戻しが自然に定義できる。つまり\beta \in T^*_{\phi(p)}Nに対し、\phi^*\beta \in T^*_pMが定義できる。

定義: 一形式の引き戻し

\beta \in T^*_{\phi(p)}Nについて、各v \in T_pMに対し

$$ \displaystyle (\phi^*\beta)(v) \equiv \beta(\phi_*v) $$

ベクトルのときと違って、これはそのまま一次微分形式の引き戻しの定義にできる。

定義: 一次微分形式の引き戻し

 \pi \in \Omega^1(N)p \in Mについて、各v \in T_pMに対し

$$ \displaystyle (\phi^*\pi)_p(v) \equiv \pi_{\phi(p)}(\phi_*v) $$

接ベクトルの代わりにベクトル場を使った式をつくろうとすると、ベクトル場の押し出しに相当するものが必要になる。X \in \mathfrak{X}(M)Y \in \mathfrak{X}(N)\phi-関係を持つとすると式が作れて、

 (\phi^*\pi)_p(X_p) = \pi_{\phi(p)}(Y_{\phi(p)})

さっきと同じように一次微分形式がベクトル場に作用してM上の関数を作ること

定義: 一次微分形式のベクトル場への作用

X \in \mathfrak{X}(M)\omega \in \Omega^1(M) に対し、\omegaXへの作用\omega(X) : M \rightarrow \mathbb{R}を次で定める:

$$ \displaystyle (\omega(X))(p) \equiv \omega_p(X_p)$$

を使うと、\pi_{\phi(p)}(Y_{\phi(p)}) = (\pi(Y))\circ\phi(p) = (\phi^*(\pi(Y)))(p) より次が成り立つ。

一次微分形式の引き戻しの性質

 \pi \in \Omega^1(N)で、X \in \mathfrak{X}(M)Y \in \mathfrak{X}(N)\phi-関係を持つとき、

$$ \displaystyle (\phi^*\pi)(X) = \phi^*(\pi(Y)) $$

微分同相写像による押し出し・引き戻し

\phi微分同相写像のときには、ベクトル場の押し出しが定義できる。さらに、逆写像\phi^{-1}がここまでで定義した引き戻し/押し出しと逆方向の写像を誘導する。これを確認していく。ここからは\phi微分同相写像とする。

ベクトル場の押し出し

ベクトル場の押し出しは、接ベクトルの押し出しを使って

定義: ベクトル場の押し出し

X \in \mathfrak{X}(M)について、

$$ \displaystyle (\phi_*X)_{q} \equiv \phi_*(X_{\phi^{-1}(q)}) $$

とすれば \phi_*XN全体で定義される。別の言い方をすると、 \phi_*X X\phi-関係にある唯一のベクトル場である。当然次が成り立つ。

ベクトル場の押し出しの性質

$$ \displaystyle \phi^*( (\phi_*X)(g) ) = X(\phi^*g) $$ \pi \in \Omega^1(N)に対し$$ \displaystyle (\phi^*\pi)(X) = \phi^*(\pi(\phi_*X)) $$

 

写像が誘導する押し出し・引き戻し

ここまでで定義した引き戻し/押し出しについて、\phi^{-1}:N \rightarrow MによるN側からM側への引き戻し/押し出しを考えることができる。この写像\phiの引き戻し/押し出しの逆写像になっている。これをそれぞれ\phiの押し出し/引き戻しとし、元から定義されているものと同様\phi_*\phi^*で表す。つまり、

引き戻し/押し出しの逆写像としての押し出し/引き戻し

 S(M)Mから派生した空間(C^{\infty}(M)\mathfrak{X}(M)など)とする。

引き戻し\phi^* : S(N) \rightarrow S(M)が定義されているとき、S(M) \rightarrow S(N)写像の意味で$$ \displaystyle (\phi^{-1})^* = (\phi^{*})^{-1} $$

が成り立ち、これを\phi_*と書く。

同様に、押し出し\phi_* : S(M) \rightarrow S(N)が定義されているとき、S(N) \rightarrow S(M)写像の意味で$$ \displaystyle (\phi^{-1})_* = (\phi_{*})^{-1} $$

が成り立ち、これを\phi^*と書く。

これを使えば引き戻し・押し出しの操作はかなり自由に行えて、例えば

$$ \displaystyle \phi^*( (\phi_*X)(g) ) = X(\phi^*g) $$

$$ \displaystyle (\phi^*\pi)(X) = \phi^*(\pi(\phi_*X)) $$

$$ \displaystyle \phi^*(Y(g)) = (\phi^*Y)(\phi^*g) $$

$$ \displaystyle (\phi_*X)(\phi_*f) = \phi_*(X(f)) $$

$$ \displaystyle (\phi^*\pi)(\phi^*Y) = \phi^*(\pi(Y)) $$

$$ \displaystyle \phi_*(\omega(X)) = (\phi_*\omega)(\phi_*X) $$

といった簡単な形にかける。